あながち

感想ブログとなるのか、どうか?

ジャンリュックゴダール監督『さらば、愛の言葉よ』を見た感想

ゴダールを見たのはすごく久しぶりです。もはやはじめてと言ってもいいくらいです。

3D映画も久しぶりで、ワクワクと怖さが半々くらいの気持ちで行きました。

 

筋は、ゴダールがこれまで撮ってきた世界を背景に置きつつ、男と男と女とそれを取り巻く何人かが出てきて、彼らがすれ違い会話を続けていて、犬がいる、という感じです。こう書いていて全然わからない文章になってしまうのは、私自身見ていてよくわからなかったからです。

よくわからないのですが、けしてつまらなかったというわけではなく、むしろ楽しく見れました。楽しいにもいろいろありますが、今回はストーリーも含めた映像全体が理解を拒むものであるのに見れてしまうという、そういう楽しさでした。

 

見ていて、これはどういうふうに見ればいいのか?と思う場面がとても多いです。ストーリーは裁断されていて全体が見づらいし、視覚的にもとても見にくいものが多い。この人たちはどこにいて、どういう動きをしているのか?ということをずっと考えながら見なくてはいけないのですが、この簡単に掴めない感じがおもしろい。

というのも、全体が見透かせないしくみになっているのにも関わらず、そこになにかがあることをかすかに感じさせてくれるものが多いからで、そういうまとめきれない断片に翻弄されさまよう感覚があります。見ているひとを荒野にたたき落とすような映画です。その荒野は、でも人間が生きていてつねに逃れられない荒野でもあり、それをつきつけるような映画。

会話にしてもなにについて喋っているのかよくわからないし、3Dに挑むというよりは3Dを使って人間の目をからかうような映像にしてもなにを映そうとしているのかよくわからないのですが、そこには途切れては紡ぎ直される一定の流れのようなものがあり、その流れに圧倒される。個々の断片のスタイリッシュさよりも、断片を続けざまに見続けることによって浮かんでくる流れの強さがあります。ミュージックビデオよりも、YouTubeの映像を無数に見ていってしかもその無数がなにかによってデザインされている、というような。